不登校だった頃の話①
息子と毎日楽しく過ごしているけど、時々もう会えないあの子のことを思い出します。
あの子は命を持って生まれて来ることができなかった私の妹。
妹を助けるために何もできなった当時8歳の私は自分のことを、むりょくで何できない存在だと思うようになってしまいました。
だから何をやっても達成感が感じられない。
頑張っても頑張ってもいつも何にもできていない。
そんな風に思っていました。
子供が生まれてもそれは同じ。
子供の良い面は元々この子の生まれつきとか、私以外の家族のおかげ。
悪い面は全部わたしの育て方がダメだから。
そう自分でおもっていたし、周りの人もそう思っているに違いないと思い込んでいました。
息子くんは本当にお母さんが好きなのね、いいお母さんなのね、なんて褒められようものなら。
何か裏があるに違いない。絶対そんな言葉信じない。
なんてひどい事思いながら、笑顔でありがとうございますなんて言ってましたw
息子は中学1年生のときに不登校になってしまいました。
その時、わたしは周りからめちゃくちゃ責められました。
育て方が方が悪いからだと。
口でどれだけいいお母さん、頑張ってるお母さんだと言ってくれた人達も、お前のせいだ!と私を責めました。
あぁやっぱりな。
わたしはダメな母親なんだ。
そんな風落ち込んでるいたときに数年前に出会ったNohさんのことを思い出しました。
Nohさんは講演会で
人間は素晴らしいんだよ!四苦八苦は楽しいんだよ!と言っていたことを思い出したんです。